いも恋

カテゴリーはB級グルメだが、本日はスイーツの話。


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彩の里 いも恋。



所謂お取り寄せグルメの類である。

付き合いでひとつお取り寄せした。



酒量を2年前の1/10程度に控えている今日この頃、スイーツがたまらなく旨い。


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一見、まんじゅうだ。

武蔵五日市の酒まんじゅうのようだ。



冷凍状態のを15分ほど蒸す。

そうするとつやつやになる。


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割ってみた。



装甲は、もっちもち。

あまりスイーツに精通していないおいらの知識では、酒まんじゅうのようとしか形容できない。


中枢は、上段あんこ、下段さつまいも。

おいらは肉食男子のドS系と自負しているが、甘~いさつまいもは大好きだ。


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ひとくち口へ運ぶ。

ほぅ。

猛烈に甘いのを想像していたが、意外にしょっぱい味が僅かにする。

これは、餡の方なのか、芋の方なのか…。

どうでもいい。


旨い。

ほんのりと甘い、純和風なスイーツではないか。




さつまいも(甘藷、唐芋)は、日本人にとって命の恩人…いや、恩芋である。


戦後の貧しい時期、この甘さ(炭水化物)、栄養価、ビタミンC、食物繊維にどれだけの人が助けられたか。

これだけ食べてれば生きていけると言っても過言ではない、まさに戦後のスーパーサプリメントだったのだ。



まるで見てきたかのように語っているが、おいらはアポロ11号の人類初月面着陸の年生まれ。

真綿に包まれて生きてきた世代だ。
[ 2010/10/01 08:48 ] 美味なるもの | TB(0) | CM(2)

ビッグラーメン

だいぶ前の9月18日のことですが、小岩のビックラーメンに行きました。


その前の9月9日の記事で、本当はビックラーメンがいいのだが夜しかやっていないと書いた。

そんなことを書いたら、無性に食べたくなってしまったのだ。

ちなみに前回のビックラーメンの記事はこちら(http://mtbfish.blog107.fc2.com/blog-entry-132.html)。


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これはライター2号(かみさん)。


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ビールの友。


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昔はラーメン以外のメニューはなかったが、今のお兄さんになってメニューが増えた。

ここのチャーハン絶品。

580円。


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お目当てのラーメン。

醤油ラーメン。650円。

じつは写真撮るのも忘れて、すでにチビの分を取り分けちまった。
ホントは、上に野菜がもっと乗ってるよ。


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1/3ほど食べたらいつものコレ。

ここのは、いわゆる普通の瓶詰めのあまりクサくないやつ。

安心して大量投入。


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ラストはコレ。豆板醤。

もう具がないけどね。


美味しかった~。




ビックラーメン

[ 2010/10/02 07:03 ] 美味なるもの | TB(0) | CM(2)

西多摩

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誰も住まなくなった母方の実家の整理の手伝いに西多摩へ行ってきた。

母は品川荏原の生まれですが、戦争で西多摩へ疎開してそのまま土着したそうです。


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家のすぐ裏は山だし、近くに民家もまばら。

とても東京都とは思えない。


空気が旨くて、思わず深呼吸。


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僕が小学生のころ、毎年夏休みになると父以外の家族(母と弟ふたり)で2週間ぐらいこっちに来てました。

第二の故郷のようなものです。


おじいちゃんとおばあちゃんが亡くなり、20年近くの歳月が経ち、今では家長の叔父も都会へ引っ越して、無人となっております。


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亡き祖母の遺品の整理など、母姉弟が集まってしています。


ちなみに、ライター2号(かみさん)は仕事で来ていません。

ですが、チビ達は置いて行けないので連れてきました。



う~ん、やることねぇな…。



すぐ近くにガキの頃よく釣りをした小川が流れています。


ちょっと偵察に…。


チビ2号は花を摘んだり、茗荷をとったり、栗を拾ったり、柚子をもいだり忙しそう。

お姉ちゃんを道連れにしてやろう。


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偵察とはいえ、一応竿は持って行きます。

渓流竿に手長エビ用の針と、鯉・鮒用の練り餌も。


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こんな感じの小川。

おいらがガキの頃は、こんなコンクリで固められた川ではなく、自然な沢だった。



よくみると魚影はあります。


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手長エビ用針にはなくそ(失礼)ほどの練り餌をつけて。

オモリもウキもつけない。




プチ滝壺に、ぽちょん。

投入。




ぶるぶる。

アタリ。


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つ、釣れた(汗)


リリースして、再び投入。


ぶるぶる。

アタリ。


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わはは、楽すぃ~。

食えるのかどうかわからんので、すべてリリース。


投入。

ぐぐぐん!

おっとぉ。

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サイズアップ。

面白すぎるぜぇ!


なんて魚だろ?

カワムツかなぁ?


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傍らで見ていたお姉ちゃんも釣りたくなったようです。

ちょっと手の長さが足りないが、投入。



水中をふわ~と流れる練り餌に、キラッと魚が光った刹那…

竿がしなります。



上に木の枝が覆い被さっていて上げ辛そう。


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1匹目を手のところまで来て逃して、2匹目でようやくゲット。

今日一番のサイズです。



ほんの小一時間だが、入れ食いで存分に楽しめた。




懐かしのおばあちゃん家ともお別れです。

でも、この川にはお墓参りのついでにまた来ようと思います。



車を二台連ねて渋滞の中央高速を走り、築地(明石町)の叔母の家まで。


お疲れさんで寿司を食うことに。

築地と銀座の間ぐらいのお店だから旨いんじゃないのか、と期待。


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はらぺこですでに皆箸をつけている。



このお店、価格は下町のそれとは比較になりません。

車なのでお酒が飲めないのが辛いが、価格を見ると幸いだったかも…。


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う~ん。

築地だ銀座だってったって、ピンキリだな。


値段だけ見たら、下町で言ったら一流だ。




格言。



銀座の二流は、下町の三流以下だ。

おまけに駐車代が2000円もかかったぜぃ。

…orz




じいちゃん、ばあちゃん、又来ます。
[ 2010/10/03 12:39 ] 釣り その他魚種 | TB(0) | CM(2)

行徳港~中山競馬場

昨日の日曜日。


ライター2号は朝5時台に出勤。
それに合わせておいらも出動(釣りなんだが…)。


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いつもの行徳港。

青潮発生以来、偵察にしか来ていなかった。

今朝の海はどうだろう?


画像、わかりますか?

ボラが海面をぴちゃぴちゃ泳いでいる。

わかりずらいので拡大してUSM(アンシャープマスク)をかけている。
※右端、トリミングミスしてるね。
※画像をクリックすれば、原寸画像が別窓で開くよ。




今日は、突然思い立ったのであまり仕掛けの余裕がない。

エサはフィッシングショップ行徳さんの販売機でハーフパックのアオイソを買った。


ちょい投げ。

ブルブル。


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よかった。

無事ハゼ君いました。



でも、アタリは全然少ないです。

投げたり、足下に落としたり。


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結局、3時間くらいやって、わずかこれだけ。15匹…。




釣りのかたきは馬で獲るっ!


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そう、いよいよ秋のG1シーズン開幕です。


中山まで足を運んじゃいました。

JRAさん! TCKさんを倣って、駅からのバスを無料にしなさい。
儲かってんだから。

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中山5点セット。※勝手に命名

生ビール、もつ煮込み、しめさば、つぶ貝、おつまみ盛り合わせ。


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生&唐揚げ。

おチビさんたちはマックのバーガー。
ここのマックはテリヤキもマックポークもありません。
もちろんハッピーセットもありません。


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さすがG1、めちゃ混み。

実はおいら、JのG1を競馬場で観るの初めて。

興奮しました。


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1着、3着の不人気馬を買っていて、人気の2着キンシャサノキセキを買わないところが、おいらのおいらたる由縁。…orz。

馬単でも22,400円だったのになぁ…。


帰りはバスに乗らず、おけら街道をおけらさんたちとゾロゾロ歩く。


帰って、ハゼ天食べながら反省会で~す。(また天ぷらかい…)
[ 2010/10/04 09:15 ] お馬さん(競馬) | TB(0) | CM(4)

野党

幕末は、徳川幕府への不信任から始まった。


鎖国が国是であるはずなのに、朝廷の許可も得ず勝手に開国した、という不信任である。


野党である外様(とざま)大名とその家臣たち、俗に志士と呼ばれる書生たちが、夷狄(外国人)を打ち払えとシュプレヒコールを揚げ、与党である幕府を困らせて、あわよくば政権交代までしてしまおうという運動が広まった。

世に言う尊王攘夷運動である。



その運動は次第に過激さを増し、ついには幕府をして政権を放棄せざるをえないところまで追いつめるに至った。



しかし、政権を奪取した書生たちは、攘夷というスローガンをあっさり棄て、開国という道を選んだ。


幕府こそいい面の皮だろう。


つまり、攘夷とは政権交代の為の方便に過ぎなかったのである。


初期こそ攘夷を本気で掲げ、その最先端であった長州や薩摩は実際に攘夷を断行し、諸外国と一時交戦状態にまでなっている。

だが、その結果攘夷が不可能であることに気付き、逆に英国などに接近し、ひそかに留学生を送ったりもした。

そのことは、幕府にはひたすら隠し、幕府が倒れるまで攘夷の姿勢を繕っていた。



とんだ変節漢、食言漢であるが、彼らには太く真っ直ぐなビジョンがあった。

一歩間違えれば国そのものが亡くなり、列強の植民地となることさえ考えられる崖っぷちの時代だったのだ。



果たして、そのビジョンは功を奏し、小さな島国は列強と肩を並べるほどの大国となった。





今日のにっぽんはどうだろう。


なるほど書生のような机上の空論、理想論を吐いて国民をだまし、政権を奪取したまでは幕末の志士と同じだ。


しかし、その先のビジョンはまるでない。


そこが、幕末の志士たちとの大きな違いだ。


正確に言えば、志士たちには段階があって、

最初の段階は、過激な行動や言動によって現政権の権威を失墜させることに成功した。

第二段階は、軍備を整えた集団による実力行使も含め、政権交代を成功させた。

第三段階は、政権を倒した後あらたなビジョンを構築し、ときには仲間をも出し抜いて改革に挑んだ。



この第三段階がいまの政権にはまるでない。



この国は益々混乱し、疲弊し、他国の侮りを受けている。

このままではこの国はどんどん弱体化し、あげくには他国の蹂躙を免れないかも知れない。



それが、我が子たちの時代かも知れないし、すぐそこまで来ているのかも知れない。




類希なる策謀力と権謀術数によって一国を手に入れた戦国大名の斎藤道三は、娘婿であり、隣国のライバルである織田信長を評してこう言ったという。

「いずれ我が子たちは、あの若者の門前に馬を繋ぐことになるだろう…」



こんな予感はまっぴら御免だが、無力な自分はただブログで吠えるしかできない。
[ 2010/10/05 08:21 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(0)