靖国神社

昨日の江戸城のつづき。
清水門を出た所で終りにしちゃいましたが、
その後、九段下の小諸そばでそばを食した後、
九段の坂をのぼり、大きな鳥居をくぐり、
靖国神社へ参拝しました。
中を進むと


大村益次郎さんの銅像がお出迎えです。
僕のまわりでは知名度が低いです。
司馬遼太郎の「花神」を読まれた方はご存知ですね。
事実上日本陸軍を創った人です。
上野戦争の際には、西郷さんにかわって指揮権を委ねられ、巧みな作戦であっという間にやっつけちゃったエピソードは有名ですが、この銅像も上野のお山の方角を見据えています。
江戸っ子としては敵さんですが、この人は別です。
日本をいっぱしにした50人の中のひとりです(独断ですが)。
結局この上野戦争で薩摩や西郷さんをないがしろにしたってことで、薩摩の馬鹿者に逆恨みされて殺されちゃいました。
残念です。
陸軍絡みで、靖国神社を一歩出るとこの人の銅像もあったりします。


大山巌元帥。薩摩の人です。
大村益次郎さんの創った日本陸軍は、発足当初からロシアの南下が最大の脅威でした。
いや、陸軍だけではなく海軍もそうでした。
そのロシアと激突した時に総司令官だったのが大山元帥です。
満州の奉天でロシアとの最後の決戦が行われ、劣勢の友軍に浮き足立つ総司令部に昼寝から起きたきたかの様な元帥がひとこと
「今日はどこかで戦(ゆっさ)がごわんど?」
このとぼけたひとことで総司令部は士気をとりもどし冷静に作戦を立てたというエピソードがあります。
別に生まれつきとぼけていた訳ではなく、キャラを作っていたのです。
維新前後の若い時には西郷さんの裏方として調略や謀略をしていたのですから。
西郷さんの弟さんの従道さんもそうですが、薩摩の人はそういうところがあるようです。
長じて人の上に立つようになったときは、若いものに任せて自分が責任を取る。みたいな。
トップに立つ人とはこうあるべきだと思います。
大山元帥や児玉源太郎参謀などもさきに述べた50人に入ります(独断ですが)。
話がそれました。
靖国神社です。


明治維新や日清、日露戦争、その他の事変、大東亜戦争で日本のために散って行った方々を祀っている神社です。
首相が参拝すると大騒ぎになってしまいますが、アメリカや中国でもどこの国でも同じことをしているのですよ。
僕は、政治や宗教や右や左を置いといて、ひとりの日本人として毎年ここを訪れます。
かつて若者達が、輝ける自分の未来を棄ててまで守ろうとしたこの国に生まれたひとりの人間として。
参拝している日本人率、案外少ないです。
[ 2009/07/20 11:25 ] 歴史もの | TB(0) | CM(0)

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