シリーズ龍馬伝~時勢~

数日遅れで龍馬伝を見ました。

前回、次週は馬関海戦と予測しましたが、ハズレでした。

シーズン3完結などと銘打っているから、中盤のクライマックスで盛り上がるのだろうと思っていたのだが、なにやら先週に引き続きぜんぜん盛り上がらなかった。

脚本家さん、どうなのかえ?

やっぱり、先週を京都で療養~鹿児島(所謂新婚旅行)~プロポーズのまったり回にして、

今週を内蔵太の死と馬関海戦で幕府が負け、いよいよ時勢が動き出すみたいなカタチの方が盛り上がったような気がするが…。

それと、すでに龍馬が反戦的な姿勢になっているのに違和感を覚えた。
この段階ではまだ幕府は強大で、長州をいかに滅ぼさずにっていう段階なのだから、長州贔屓の龍馬は主戦論だったはず。
反戦的になるのは、幕府の力が相当弱まって、薩長と全面戦争になりかけてからだ。
その辺の微妙だけど大事な時勢がわかってないと思う。


時勢といえば、後藤象二郎の動きが活発になってきた。

土佐藩は実に優柔不断である。

尊皇派が幅を利かせている時は、武市ら勤王党に働かせて、
尊皇派が八一八政変で失脚すると、今度は武市らを粛正した。

そしてまた薩長が手を結び、時勢が尊皇派(この呼び名がややこしい)に傾くと、後藤は龍馬などに接近する。

尊皇派、佐幕派なんて呼ぶけれど、この時代に尊皇思想でない人はいなかったはずだ。
ただ、尊皇の中でも反幕的か親幕的かで大きく違って来る。
尊皇は文字通り皇家を尊ぶ。
これが反幕的な行動になると
皇家に勤しむ、つまり勤王になる。


土佐藩は第二次勤王主義に変わろうとしている。
ただ武市瑞山が率いる土佐勤王党はもはや壊滅状態だ。
吉村寅太郎の脱藩組も大和で散り、龍馬ら海軍組も土佐藩とは縁を切った状態だ。

勤王党なきあと、土佐藩を陰で導いているのは中岡慎太郎だった。
土佐藩の絶対君主である山内容堂。
その側近たちを尊皇思想に感化させた中岡の功は大きい。
龍馬にしろ、中岡にしろ、師であり友である武市を殺した上士どもと手を組むには、相当の覚悟と我慢が要ったと思う。
それを乗り越えたのは、にっぽんを変えたい、救いたいという強い意志があったからに違いない。

先を読んで薩長についた土佐藩は、優柔不断だったが賢明だった。

ただ、優柔不断なのは土佐藩に限った事ではない。
尊皇攘夷の総本山、水戸藩も尊皇派と佐幕派で暗闘を繰り返し、ついには人材が底を尽きて歴史の表舞台から消えていなくなってしまった。
長州藩でさえ、一時は尊皇派は粛正され佐幕派の牛耳る時期もあった。
これは高杉らのクーデターによって覆ったが…。

とにかく、この時代どの藩も、幕府に味方した方がよいのか、朝廷をとりまく尊皇派についたほうがいいのか決めかねていた。



あれから百数十年たった現代でも、くだらない党派の政争や派閥の暗闘を繰り返している。

私たちは目先の利益を追求するあまり、先の先を見失っていないか。

あらためて深く考えてみる必要がありそうだ。
[ 2010/09/23 08:41 ] 歴史もの | TB(0) | CM(2)

これに関しては…
今、たくさんコメント書いたのですが…
全部消して…結論だけ書きます。

言いたいことはいっぱいあるのです!
[ 2010/09/23 21:03 ] [ 編集 ]

れおんさん

こんにちは。

これって…

結論…??

なんだろ? 気になる(恐)
[ 2010/09/23 21:13 ] [ 編集 ]

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