巨大地震の周期を調べてみた

 
 
あの忌々しい大地震から2年が経とうとしている。


この国は地震大国だ。

我々が住んでいる所が地球のシワの様なものだとしたら、そりゃよく動くのはしようがない。



地震が多いのはしようがないとしても、もうあのような巨大地震は勘弁してほしい。


だが、次は南海だ、東海だ、関東だ、というような根も葉もない話題もちらほら見かける。

根拠のない予測で人々を必要以上に不安がらせるのはどうかと思う。

備えは大事だけどね。


果たして本当にまたあのような巨大地震が来るのだろうか?



そりゃ来るだろう。

いつかは。


だが本当に近いうちに来るのだろうか。



少し気になったので調べてみた。


*684年11月26日(11月29日)(天武13年10月14日)白鳳地震(東海・東南海・南海連動型地震説有)
  -M81/4、死者多数。土佐で津波により大きな被害。田園(約12km²)が海面下へ沈下。南海地震の記録だが地質調査によればほぼ同時期に東海・東南海地震も発生。日本最古の津波記録[10]。
*869年7月9日(7月13日)(貞観11年5月26日夜)貞観地震
  -M8.3~8.6、陸奥国地大震動、地震に伴う津波(貞観津波)の被害が甚大で死者約1,000人。多賀城損壊。津波堆積物調査から震源域が岩手県沖~福島県沖、または茨城県沖の連動型超巨大地震の可能性も指摘される[13]。東北地方太平洋側で繰り返し発生していると推定されるM9クラスの地震の候補とされる[14][15]。
*887年8月22日(8月26日)(仁和3年7月30日)仁和地震(東海・東南海・南海地震連動説有)
  -M8~8.5、五畿七道諸国大震、京都・摂津を中心に死者多数。津波あり。南海地震の記録だが地質調査によればほぼ同時期に東南海・東海地震も発生。津波堆積物からM9クラスであったとする説もある[16]。
*1096年12月11日(12月17日)(嘉保3年11月24日)永長地震(東海・東南海地震)
  -M8~8.5、死者1万人以上と推定。東大寺の鐘が落下、伊勢・駿河で津波による大きな被害など。
*1099年2月16日(2月22日)(承徳3年1月24日)康和地震(南海地震)
  -M8~8.5、死者数万と推定。土佐で津波により大きな被害。興福寺、天王寺も被害。
*1360年11月13・14日(11月21・22日)(正平15年、延文5年10月4日・5日)紀伊・摂津地震(東南海地震?)
  -M7.5~8.0、死者多数。津波あり。
*1361年7月26日(8月3日)(正平16年、康安元年6月24日)正平・康安地震(東海・東南海・南海地震連動説有)
  -M81/4~8.5、死者多数。摂津・阿波・土佐で津波により大きな被害。
*1408年1月12日(1月21日)(応永14年12月14日)紀伊・伊勢で地震
  -M7~8。熊野本宮の温泉湧出が、80日間止まる。
*1498年9月11日(9月20日)(明応7年8月25日)明応地震(東海・東南海地震)
  -M8.2~8.4、死者3万~4万人以上と推定。伊勢・駿河などで津波により大きな被害、浜名湖が海と繋がる、鎌倉高徳院の大仏殿が押し流されるなど。地質調査によればほぼ同時期に南海地震も発生。
*1586年1月18日(天正13年11月29日)天正大地震(東海東山道地震、飛騨・美濃・近江地震)
  -M7.8~8.1(それ以上の可能性あり)、死者多数。飛騨・越中などで山崩れ多発、白川郷で民家数百軒が埋まる。内ヶ島氏、帰雲城もろとも滅亡。余震が1か月以上続く。三河湾と若狭湾という日本海・太平洋両岸での大津波記録が複数あり、超巨大連動地震の可能性がある。
*1605年2月3日(慶長9年12月16日)慶長地震(東海・東南海・南海連動型地震)
  -M7.9~8、関東から九州までの太平洋岸に津波、紀伊・阿波・土佐などで大きな被害。八丈島でも津波による死者数十人。死者1万~2万人と推定されるが、津波以外の被害はほとんどなかった。
*1611年12月2日(慶長16年10月28日)慶長三陸地震
  -M8.1。東北地方太平洋側で繰り返し発生していると推定されるM9クラスの地震の候補とされる[14]。大津波による死者約2,000~5,000人。
*1677年11月4日(延宝5年10月9日)房総沖地震(延宝房総沖地震)
  -M8.0、死者500~600人。福島県~千葉県に津波(茨城県地方史上最大の津波被害[26])。
*1703年12月31日(元禄16年11月23日)元禄地震(元禄関東地震)
  -M8.1、死者5,200人(20万人とも)。関東南部に津波。
*1707年10月28日(宝永4年10月4日)宝永地震(東海・東南海・南海連動型地震)
  -M8.4~8.7、死者2,800~2万人以上、倒潰・流出家屋6万~8万軒。関東から九州までの太平洋岸に津波、伊豆・伊勢・紀伊・阿波・土佐などで大きな被害。地震から49日後に富士山の宝永大噴火。道後温泉の湧出が数ヶ月間止まる。震度分布からM9クラスの可能性が指摘されている[28]。
*1741年8月28日(寛保元年7月18日)北海道西南沖の大島で火山性地震
  -M6.9、死者2,033人。大津波発生。
*1771年4月24日(明和8年3月10日)八重山地震(明和の大津波)
  -M7.4~8.0(Mt8.5)、死者約12,000人。最大遡上高85m(日本記録)。安房まで津波の到達と記録あり。
*1793年2月17日(寛政5年1月7日)寛政地震(連動型宮城県沖地震)
  -M8.0~8.4、死者100人程度、陸中から常陸にかけて津波。
*1854年12月23日(嘉永7年11月4日)安政東海地震(東海・東南海地震)
  -M8.4、死者2,000~3,000人。房総半島から四国に津波、特に伊豆から熊野にかけて大きな被害。ロシア船ディアナ号(プチャーチン提督来航)沈没。
*1854年12月24日(嘉永7年11月5日)安政南海地震
  -M8.4、死者1,000~3,000人。紀伊・土佐などで津波により大きな被害(串本で最大波高11m)。大坂湾に注ぐいくつかの川が逆流。道後温泉の湧出が数ヶ月間止まる。
*1855年11月11日(安政2年10月2日)安政江戸地震
  -M7.0~7.1、死者4,700~1万1,000人。
*1856年8月23日(安政3年7月23日)安政三陸沖地震
  -M7.5、三陸及び北海道に津波。死者29人。三陸沖北部の固有地震[25]。
*1891年(明治24年)10月28日濃尾地震
  -M8.0、死者・行方不明者7,273人。根尾谷断層の発生。
*1896年6月15日明治三陸地震
  -M8.2~8.5(Mw8.4、Mt8.6)、津波地震、死者・行方不明者2万1,959人。
*1918年(大正7年)9月8日千島列島択捉島沖で地震
  -M8(Ms8.2、Mt8.5)、死者24人。
*1923年(大正12年)9月1日大正関東地震(関東大震災)
  -M7.9(Ms8.2)、死者・行方不明者10万5,385人(1925年の調査では14万2,800人)[32](日本災害史上最悪)。
*1933年(昭和8年)3月3日昭和三陸地震
  -M8.1(Mw8.4)、大津波発生、死者・行方不明者3,064人。
*1952年(昭和27年)3月4日十勝沖地震
  -M8.2(Mw8.1)、死者・行方不明者33人。北海道から東北に津波。
*1963年(昭和38年)10月13日択捉島沖で地震
  -M8.1(Mw8.5)、三陸沿岸で津波。
*1994年(平成6年)10月4日北海道東方沖地震
  -M8.2(旧M8.1、Mw8.3)、北海道道東で最大震度6、死者・行方不明者は北方領土で11人。
*2003年(平成15年)9月26日十勝沖地震
  -M8.0(Mw8.3)、北海道新冠町、静内町、浦河町、鹿追町、幕別町、豊頃町、忠類村、釧路町、厚岸町で最大震度6弱、死者2人。2mを超える津波が来襲し2人が飲み込まれ、後に1人が遺体で発見された。
*2011年(平成23年)3月11日14時46分頃東北地方太平洋沖地震(東日本大震災、東北関東大震災)
  -M8.4(Mw9.0、日本の地震観測史上最大)。宮城県栗原市で最大震度7。他に東日本の7県で震度6弱以上を観測。死者・行方不明者約1万9000人。戦後最悪の震災。北海道から関東地方にかけて太平洋沿岸部への大津波で甚大な被害。福島第一原子力発電所事故を招く。3月11日以降の数日間に震源域から離れた場所で発生した地震も、



ざっとこれが記録に残っているマグニチュード8以上の過去の地震の記録だ。※wikipediaより抜粋

もちろん遠い昔の記録の正確さは微妙なところだが、津波が起きている事実からすれば信ぴょう性は高いのではないか。


少しわかりづらいので表にしてみた。


130227-01.jpg

見づらかったらクリックして拡大して。

左から北海道、東北、関東、東海、南海、その他。


こうして表にしてみると、一定の法則のようなものがあるような気がしてくる。


近年600年に限って言えば、南の方から北へ向かって地震の場所が北上しているように見える。



わかりやすく色をつけてみたい。

130227-02.jpg


どうだろう?


日本列島はいくつかのプレートの上に乗っていて、そのプレートは長い年月をかけてゆっくりと動いている。

動いているプレートが地球のシワを作り、そのシワ(というか重なりかも知れんが)の歪みがMAXになった時に巨大地震が起こるのだとしたら、こういった長い年月の周期があってもおかしくないのではないかと思う。

確かに1854~翌55年の二年間で、南海M8.4、東海M8.4、関東M7~7.1と短い期間で三箇所で大地震が起きている。

ただ、これはおいらのドシロウトの説から言えば、丁度ミドリのラインの真ん中で、地盤の動きが活発化している時期だからと考えればどうだろうか?

おいらは地震学の事なんてまったく無知のドシロウトだからこれはあくまで仮説だ。


この大地震長周期ジグザグ活発化説が正しければ、このあと地盤の活発化はもっと北上して、北海道や北方四島もしくはもっと北の日本じゃない、アリューシャンやアラスカの方の太平洋沿岸が多発するのではないだろうか。

そして北限(?)からまた南下してジグザグが逆になると、東北、関東、東海、南海と逆向きの周期が600年ほどの周期で巡ってくるのではないだろうか。

そうするとおいらが住んでいる場所の話で恐縮だが、首都圏の大地震は数年後ではなく、数百年後、少なくとも200年後以降ということになる。



こんなドシロウトの説を本気で信じてもらっては困るが、本当にもうあんなことは沢山だ。

人間の力では防ぎ様がない。



先の大震災の記憶はいつまでも忘れてはならない。

地震大国に住んでいる自覚は常に保持していなければならない。

備えを怠り、希望的観測のもとに防災計画を立ててはならない。




だが、今のこの国にもう一度あの大災害を乗り越える力があるとは到底思えない。

少しの猶予がほしい。

だから、まだまだ先のこと。

そう思いたくなるのかも。
 
 
 
[ 2013/03/01 20:21 ] 日々雑感 | TB(0) | CM(4)

さすが地盤フェチ

私は工学系の研究者の端くれです。
地震については全く知りませんが。。。

素人の方の何気無い分析は、実は専門の研究者と違って、意外と面白いことが起きることがあります。
例えば、建築デザインの専門家がエネルギー問題を考えるとか、環境工学の専門家が都市の防災対策を考えるとか。
異なる分野の人間が違った側面から物事を捉えると、その道のスペシャリストがひらめくアイディアとは違う何かが生まれることがあるんですよね。

だからHANZOの素人的分析もひょっとしたら、ひょっとするかもしれませんね。

数百年、地震はこない。
うーん、そうだといいんですが

にしても、北海道の近年の連発は恐ろしいですね。
いつ来てもおかしくない
[ 2013/03/02 07:57 ] [ 編集 ]

りーさん

学者さんなんですね。憧れます。

地震が来る!
って予言する人はたくさんいるけど、
200年巨大地震は来ない!
ってポジティブな予言をする人って少ないですよね。

復興だって、国を栄えることだって、壊れるとわかってたら中々進まないんじゃないかと思います。
この先は栄える一方だ!
って信じていたいだけかもしれません。

ちなみに僕は地盤フェチではなく、正確には
谷(やつ)フェチ、微高地フェチですwww
[ 2013/03/02 09:24 ] [ 編集 ]

深謝

僕が欲しかったポジティブな予測を有難うございます。

実際の災害で、各人の防災意識、国の減災対応は否が応でも進んでいると思っております。これ以上ネガティブ予測をしても、その意識が今以上、高まることはないかとも思います。

であれば、かりそめでも、皆を鼓舞してくれるような、ポジティブな予測があっていいと思います。

欧州のどこかの国では、ポジティブ予測をした後に、大地震が起きてしまった学者さんが禁固刑にされたとテレビでありました。

しがらみのない方による予測というのも、必要ですね。


[ 2013/03/02 11:59 ] [ 編集 ]

ヘンリーさん

いやいやなんだかお恥ずかしい。
何の気なしに調べていたら大発見をした様なきがしたんですが、ちょっと無理がありましたね。

最近また地震が増えてきてる様なんで、心配は心配なんです。
なんか不公平ですよね。
[ 2013/03/02 17:54 ] [ 編集 ]

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